オム・ユヴァンナー先生来日公演ご挨拶 2006年9月

今回、多くの方々のお力添えで、カンボジア古典舞踊と、恩師ユヴァンナー先生の半生史の講演を開くことが出来るようになりました。ここに改めて、深く、感謝いたします。

私事ではありますが、世の中がアメリカナイズされつつあった高度経済成長期に、古風な家庭に生まれ育った私は、生来の内向的な性格に加え、画一的な学校教育制度の中で、物やお金には満たされているのに生きている実感が薄い、苦しい青春時代を過ごしました。

そんな私が解放されたのは、沖縄や東南アジアの風土の中で「私は宇宙に生かされているのだ」という感覚を得てからでした。人はどんなに孤独であっても、森羅万象の中で連綿と「生命を分け与えられている」という、その一点で私たちは繋がっているのだと思います。
科学・産業社会・資本主義を礎とし、自然から離れ続けてきた現代文明は、多くの恩恵を人類に与えてきたけれど、それだけでは人は幸せに生きてゆけないことに、今、多くの人達が気付いているように思います。その問題の多くは、「私たち人類は、稀有な地球という星に、稀有な生命を分け与えられた動物である」という、人類が昔持っていた叡智、全てが繋がっていて自力と他力の区別がないような、全一性の感覚を忘れていることにあると、私は思うのです。

その一方で、ユヴァンナー先生や多くのカンボア人が生きてきたカンボジアの現代史は、また別な事をも私に教えてくれました。


第二次世界大戦後、植民地から念願の独立を果たしたものの、揺れる世界情勢の中で、成熟しきれていなかったカンボジアの市民社会は弱いものでした。王政から民主政へと変化する過程の中で、権力を武力で奪い取った一部の人たちが、人々の言論や行動の自由・人権を弾圧し、嫉妬・憎悪・猜疑心から同一民族を虐殺し続けたポル・ポト時代を引き起こしました。
その後の社会主義政権時代、そして1993年の総選挙以降、急激に資本主義化してきた今日まで、常に社会には何らかの問題が存在し続け、ユヴァンナー先生の人生は決して楽ではなかいようです。

そんなカンボジアの人達の人生を思う時、私達一人一人が、自分のものの見方と社会の営まれ方に責任を持ち、主体的に関わって生きてゆく事が本当に大切なことを、改めて思わされます。
物質的には豊かな現在の日本社会も、前の時代の多くの人々の努力と献身に支えられてきたことに、年を重ねた私はやっと気が付きました。

舞踊家として生きてきたユヴァンナー先生の人生は、他のカンボジア人と同じように、自分の出来ることを精一杯してきただけかもしれません。しかし、幾多の物質的・精神的な試練を経て、なお先生は天上界について、このように語り続けるのです。

「命ある手を持って踊りなさい。ひそやかに息をするように、神話の大蛇ナーガが這うようにね。風に吹かれる樹のように、柔和に、でもしっかりと力を込めるのよ。心を、天の花園にいるような心地良さに合わせながら、目元を、高い空のように晴れ晴れとさせなさい」


その、穏やかで品のある佇まいを皆様にご紹介したく、今回、公演を行う運びとなりました。次に、日本の伝統的な女性像を改めて見直したかったことがあります。


かつて「実人生では色んなことがあるのだから、せめて芸の中では気持ちの良い世界に包まれたい」と奉納舞踊にひかれた私ですが、今では「辛い恋も嫉妬心も、みんな“生”の彩りなのかな」と思えるようになりました。また“女性”というジェンダーについて考える機会もあり、理想的な日本の良妻賢母であった亡き母に対し、肯定的な評価をあげたく思いました。